観光地旅行記

ローマの窮日*遊路(ユーロ)半突きの旅(十四日目)(by たぽじいさん)

観光地
6月17日(火) 

 本日の予定=10時過ぎの列車でローマに向かい、着いてテルミニ駅近くにある予約したB&Bに。うまく見つかればいいが。
そしてローマ観光。とりあえずパンテオンだけは行きたい。


 昨夜は9時にベッドに入ったが、早すぎたかなかなか寝付けなかった。列車がちゃんと走るか、予約したローマの宿がうまく見つけられるか、フィウミチーノ空港でチケットがもらえるか、パリでうまく乗継ぎが出来るかと次々と心配事が出てきたのである。それでも知らぬ間に眠ったようだ。

 6時半に起きて身支度した。例のバールで朝食をとるつもりだ。鍵が万一開かないといけないので、リュックを二つ持って宿を出る。バール「レパラータ」は開いていた。カウンターには奥さんがいたが無愛想だった。カプチーノとクロワッサン2個で2.9ユーロ。例によってテーブルで食す。出勤前の人が立ち寄ってはさっと出て行く。トレンチコートを着た粋な感じの中年女性を見たりした。
 
 宿には無事戻れた。しばらく休んでからまだ早いが宿を出る。昨日と同じ道を駅に向かう。中央市場には人影も無い。さすがにナツィオナーレ通りに出ると人も車も多かった。

 8時10分に駅に着く。昨日ほど人はいないし窓口にも人は少ない。掲示板をみてもストは無いみたいでほっとする。ベストからキップを取り出す。「刻印を忘れるな」と書いたメモが張ってある。メモをはがし刻印する。そのままホームへ出てベンチで日記を書く。

 9時52分、ナポリ行きが12番線に入ってきた。私が乗るのは10時19分のローマ行きだ。コンコースに戻り掲示板の番線を確認に行く。しかしローマ行きの表示は出ていない。10時になってようやくナポリ行きが出発した。そのまま掲示板の下で出るのを待っていた。10時5分になってやっと表示が出た。予定通り12番線である。周りの人もこれを確認したのかホームに移動していく。10時15分、列車が入ってくる、たぶんローマ行きだろう。私の席は9号車である。そばにいた女性の駅員に確認して乗り込む。車内は満席に近い混みようだが予約席はちゃんと空いていた。多分、全席予約席かもしれない。

 10時27分出発。私の席は通路側で斜め前の窓際には青年が座っていた。その青年はすぐ席を立って出て行った。すると渋い中年の男性が私の前に座った。発車間際に乗った人であろうか。麻の暗い紺色のジャケットがかっこいい男性だ。すぐノートパソコンを前の机に置き、やおら携帯を出し「プロント,……」としわがれ声でしゃべり出した。

 写真を撮りたいので窓側に移る。すぐに先程確認した女性の車掌が検札に来た。前の男性と車掌は顔見知りみたいで少し話をして検札もせず行ってしまった。青年が戻ってきたが通路側に後から来た男性が座っているので黙って立っている。彼は何も言わず立っていたが、中年男性も全く気にもせずパソコンに向かっている。イタリア人でも大人しい人もいるもんだと感じた。青年は仕方無さそうに私の横に座った。そして持っていたノートパソコンを開いた。

 ここらもトンネルが結構多い。チラチラとしかトスカーナの風景が見えない。たしかこの列車はディレッシマとかいう新線を走っているはずだ。駅はフィレンツェ近くで見ただけで殆ど見ない。
 日本の新幹線より乗り心地は少し悪いかな。ゴツゴツとした振動が伝わってくる。それが逆にかっちりと車体が造られているという感じがする。外から見てもイタリアの列車はがっしりしているように見える。そして車内はさすがデザインの国、色使いも椅子のデザインもかっこいいという感じだ。

 前の中年男性は何度も携帯をかけている。よくもああも喋れるもんだと感心する。だんだん南に来るにつけ列車内は騒がしくなってきている。
 
 ローマに近づくにつれ曇ってきた。フィレンツェではまだすこし青空があったのに。それがどんどん悪くなっていく。
 
 ほぼ定刻どおり列車はローマ・テルミニ駅に到着。まずは一安心。だがホテル捜し(予約してあるのにね)という難題が待ち構えている。

 駅の西の横手に出る。雨が降っている。傘を取り出し差していく。ジョベルティ通りをサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂に向かって歩く。教会の前に出る。ここから南東に二つの広い通りがあるが、B&Bの案内地図では教会を背にして右の通りの辺りだ。しかも住所はVIAではなくLargoという見慣れないものだ。このメルナーラ通りを二度も往復し、角々の通り名をチェックしたがLargo Sant’Alfonsoというのはなかった。たまたまバールの前ですらりとした東洋人女性が立っていて、二度目に通ったとき携帯で日本語を話していたので、一応「日本の方ですか」と聞いてからB&B「C*** L******」の案内プリントを見せた。すると斜め向かいの小さな教会を指し「あの教会がサンタルフォンソだからあの辺りですよ」と教えてくれた。助かった、なかば諦めかけていたのだ。見つからなければ他のホテルを探すつもりであった。お礼を言って駆けつけると住所のLargo Sant’AlfonsoNO,5は確かにあった。表札を見るとB&BのC*** L******という表示が無い。ただ一箇所「コンサルタントL******」というのがあったが。大きな建物なので順番にたどっていくとすぐNO,6になってしまった。仕方なく戻るとNO,5の前に東洋人と何人か分からない浅黒い青年二人がインターフォンに向かってしゃべっている。東洋人青年にB&Bのプリントアウトを見せると日本語で「ここですよ」と教えてくれた。当然日本人かと思い話しかけると「私、中国人です」と言って遮った。もう一人の青年に参考までにどの表札か聞いたが、「もうすんだ」と言うような事を言って教えてくれなかった。そして二人についてその建物でなく、隣の中庭に入っていく。中に又別の建物があってドアが開いて係りの男性が出てきた。二人を招じ入れ私に向かって「ミスター たぽじいは5分待ってください」と言って中に入っていった。運良く彼らがいたので分かったが、そうでなかったら見つけられなかったかもしれない。このチェーンはダメだな。名前もちゃんと表示してないようでは、その時点で失格だ。
 
 しばらくしてドアが開き大柄な中年女性が出てきて「ミスターたぽじい?」と聞いてから「ついてきなさい」という。彼女は早足でメルラーナ通りを横切り、どんどん南東に歩き、最初の門で右に曲がり西に向かった。角から2軒目くらいの大きな建物のドアを開けて「ヒヤー」と言った。石造りの立派な建物である。少し階段を登ると小さなエレベーターがあった。手動の二重ドアを開け彼女について乗り込む。二人でいっっぱいである。3階(日本なら4階)で降りる。11番の部屋を空けると広いレセプションがあった。どこでもいつも別館だなと思った。このレセプションを囲むように幾つか部屋があった。手続きをして50ユーロを支払う。女性はローマの観光地図を渡しながら、奥に台所があり自由に使ってよいと言われた。

 たまたま世話する若い女性がいて、部屋を整えつつ親切に教えてくれた。水道も飲み水専用の蛇口あった。それにお湯を沸かすポットもあった。さらに大きな冷蔵庫には飲み物が置いてあった。しかしトイレ、洗面は共用だが大きなのが二つあった。

 フィレンツェで鍵が気になっていたので、中年女性が居るうちにと部屋に入るや否や、まず部屋の鍵を開け閉めし、さらに3階11番の入口の鍵を閉め、建物の入口のドアをテストした。一人でエレベーターを操作して3階に戻り11番の部屋を開けようとしたが鍵が壊れているのか廻らない。ガチャガチャやっているとドアの向こうから何か行っている。「ドントオープン」と言うと、ドアが開いて中年女性が出てきた。彼女は私の鍵を受け取り差込み廻す。簡単に開いた。私がやってみるとまた廻らない。彼女が代わりそのまま廻すと簡単に開いた。「もっと力を入れて」というのでぐっと力を入れて廻すと開いた。鍵が持ちにくいせいで力が入らないし、どう見ても鍵が壊れていると思えるほど動かないのだ。かなり力を入れたら廻った。それにしても向こうの女性の力強い事。彼女は非力な日本人を笑っていた。

 部屋に入り大リュックからセントレアで買ったコーヒーセットを取り出した。台所に行きポットに飲み水を入れセットした。電力が強いのかすぐに湧いた。部屋に戻り久しぶりに日本のコーヒーを飲む。うん、日本のコーヒーも旨いぞ!!。久しぶりなので一杯では物足らずもう一杯作って飲んだ。

 2時過ぎ駅に行き明日の空港行きのキップを買った。列が長く20分も掛かってしまった。11ユーロ。手持ちのユーロを減らすために現金で購入した。地下に降りて地下鉄の案内所に行き24時間券を買う。例の会話補助手帳に「Biglietto Integrato Giomaliero」と書いて持って行き、口頭で言ってみると通じて「フォーユーロ」と言われた。やはりイタリア語は通じやすい。

 B&Bで貰った地図を見て「スパーニャ」へ行く事にした。A線に乗りテルミニから3つ目の「スパーニャ」へ。ローマ地下鉄もパリ同様ホームが狭いし薄暗い。人の流れについて出て行く。地下鉄出口にはいっぱい傘売りが立っていた。私はすぐ傘をさして売りつけられないようにしたがそれでも寄ってくる。彼らを避けながら行くとスペイン階段に向かって左側に出た。
 
 階段の前は雨にもかかわらず凄い人出だ。前回修復中で見られなかった「トリニタ・デイ・モンティ教会」が二つの塔の間に足場を残して立っていた。背を向けて4年前の時と同じコースを自然にとっていた。

 コンドッテイ通りに入りすぐの右手の「カフェ・グレコ」に、あやつられるように入っていってしまった。中に入るとレイアウトは変わっていて、中央ドア脇の受付の人はいなくて、勝手に奥の部屋に入って行く。中も席はかなり埋まっていたが手前の右側が空いていたので座る。座って気付いた、前回と同じ席だと。

 右側に日本人らしき夫婦が座っている。お互いに撮り合っているので二人並んでいるところを撮ってあげる。お礼に私も撮ってくれた。お二人はツアーの自由時間でここへ来たとの事。私も4年前にツアーでやはり自由時間にここへ来ましたと言うと、「今回はお一人でですか」というので、「家内はそのツアーですっかり懲りて、もう私と行かないといいまして」と答えた。トイレに行くと番の女性がいた。前回は無料だったのに。その代わりこの超有名店でもトイレは汚く便座カバーも壊れていてびっくりしたのを覚えている。0.5ユーロ。トイレは綺麗になっていたけれどね。

 注文を取りにきたのは中年の男性。 カフェマキャートとアクア・ノンガスを注文。名前が気に入っているのでついついマッキャートを頼んでしまう。飲み終わった頃、お隣のお仲間が大勢入ってきたので席を立つ。コーヒーが5ユーロで水が4ユーロ。

 コンドッティを西に「マルタ騎士団本部」を見てコルソ通りに出る。地図を見てコルソ通りを突っ切って行けば「マルチェッロ劇場」に出られると思い歩いていく。しかしテヴェレ川のそばに来ても劇場が無い。よく地図(有名建造物のイラスト入り)を見るとマルチェッロではなくアウグストゥス帝の廟であった。テヴェレ川近くなのですっかり勘違いしてしまった。折角だからとテヴェレ川に向かう。手前の横断歩道を10人ほどの人と渡って行くと、人と人の隙間に車が突っ込んできて強引に通り過ぎていく。なんちゅうヤツだと運転席を見ると若い綺麗なお姉さんでびっくり。平然とハンドルを手に目の前を過ぎて行った。

 少し川を眺めて地図を再び見る。次はどこへ行くか。ヴァチカンに行き「ピエタ」が見たかったが、地下鉄が近くを通っていないことに気付いた。ローマの地下鉄って意外に少ない。2本の路線しかないし、しかも2本とも東側に寄っている。バスの利用は自分の力量では無理と諦めているし、歩いていくところしか行けないと思った。あぁ「ローマの窮日」だと嘆いた。
 
 ここからリペッタ通りを南に行けば「ナヴォーナ広場」や絶対見たかった「パンテオン」がある。勇んで南に歩き出す。ここらの建物はいい感じに古びていて好もしい。ローマというとローマ時代の遺跡ばかり目に行くが、なかなかいい街並みもあるのだと思った。おじさんが建物の角の噴水からペットボトルに水を詰めていたりする。

 なにはともあれ「パンテオン」と思い足を向ける。いい雰囲気の狭い道をたどっていくと、ひょこっとパンテオンの前に出た。そばに寄っていく。ファサード上部の切妻というか三角形のなかに、点々と弾痕のようなものが見える。
 向かって右にリストランテがあって、そこのカメリエーレか店主なのか、給仕エプロンをつけた中年の男性が外のテーブルのそばで暇そうに立っていた。「誰かオレに訊いてくれないかな」という風できょろきょろしている感じだ。そばに寄って行って「スクーズイ、シニョレ」と声を掛ける。おじさんは目を輝かせて何か言った。片言英語で「あそこにみえる穴は何ですか、ドイツ軍がやったのですか?」と機関銃を撃つ真似をしながら訊いてみた。おじさんは速射砲みたいにしゃべり出したがさっぱり分からない。英語で言っているのだが聴き取れない。ただ一箇所「ナポレオン」というのはわかったが。「ドイツではない?」と再度訊くと「シ、シ」と答えた。そして「そこで待て」と言って店に入っていった。彼はケースに入った紙を持って戻ってきた。それを私に見せた。そこにはおじさんが写った写真が載った新聞の切抜きと、パンテオンの写真があり説明書きがついていた。それを指差しまた説明を始めたがまたチンプンカンプン。多分ファサードの三角部にあった動物の彫刻のことだと思った。おじさんに礼を言ってパンテオンの入口に向かう。

 そばに行って気付いた。パンテオンの周りは1メーターほど窪んでいるのだ。ヴェローナのアレーナもそうだった。どちらも2千年前のものだ。そうだ二千年の歳月がこれだけの差を作ったのだと自分勝手に思い込んでしまった。昔に残されたものって全部地中から出てくるからね。
 外を何枚も写真を撮ってなかなか中に入らずにいた。勿体をつけるつもりは無いがすんなり入るのが躊躇われたのである。ようやく中に入る。写真で何度も見ているが現物を前にすると言葉を無くす。首を曲げ見上げる。まずその優美さに打たれる。中央の穴が光り太陽みたいだ。そしてこれが二千年に作られたという事、さらにこれが完璧に残されている事に感銘を受ける。たくさんの人の間をうろちょろして写真を撮りまくる。中央の穴の下に行き雨に濡れた床も撮る。

 パンテオンを後にして「ナヴォーナ広場」に向かう。途中「マダーマ宮」あたりはカラビニエーレがあちこちに立っている。マダーマ宮は上院だからか。入口には私服とカラビニエーレが二人ずつ並んで立っている。しかもカラビニエーレは自動小銃を構えている。銃を見ると見慣れていないせいか本当に怖い。
 
 「ナヴォーナ広場」に出てガックリだ。お目当ての「四大河の噴水」が修復中で、無骨な鉄パイプや網に囲われていたのだ。

 すぐ宿に引き返すことにした。地図を見るとここから一番近い地下鉄の駅は「バルベリーニ」だ。再びパンテオンの前を通りコルソ通りに出る。駅への途中に「トレヴィの泉」があるので寄ってみる事にする。狭い道を人を避けながら行く。さすが有名観光地で人通りは多い。土産物屋もいっぱいある。いつしか雨も止み日が差してきた。

 狭い路地の先に人の頭がいっぱい見えた。さらに行くと泉に向かって左端に出た。物凄い人出だ。まわりから少し写真を撮ってから、ポケットにあった0.5から0.1ユーロ・コインを7枚出し、何とか泉のそばに行く。
 前回、家内と並んで後ろ向きにコインを投げたものだが、その頃は旅の最終日に近く「もう、あなたとは旅行しない」と宣言されていたので、私は「一人ででも来られますように」と祈ったものだ。遅くはなったがこうしてやってこられたので、あの有名な言い伝えは当たっていたのだろう。今回は7枚も投げた。意味は無い。しかし、もう一度でもいいからイタリアに来たいなぁ。

 トレヴィの泉にさよならしてトリトーネ通りを目指す。通りに出てバルベリーニに向かう。途中大きな交差点に出た。ふと右を見るとトンネルが見えた。クイリナーレの丘を潜るトンネルだ。4年前、あのトンネルのそばでツアーのバスを待っていたのを思い出す。スペイン広場から歩いてこのトンネルまで来たのだった。帰国したあと映画「自転車泥棒」を見ていたら、このトンネルが出てきてびっくりした。それでよく覚えていたのである。

 地下鉄入口か地下街かよくわからないが降りていくと地下鉄であった。ホームに出る。しかしなかなか電車が来ない。運転間隔が長いのかなと思った。人が一杯になってきてホームは電車の中のようだ。電車の来る方角に表示板があり5という数字が光っていた。あと5分で電車が来るのかなと思って注意していると、予告どおり5分後に満員電車がホームに入ってきた。それでもかなりの人が乗り込んだ。あれではスリも手が動かせないみたいだ。私はパスした。表示板には2と出ていた。すぐ次の電車が入線してきた。こんどは前のより空いていたがそれでもかなりの混みようだ。大方の人が乗り込んだ。これもパス。もう次が1と出ていたのだ。すぐ接するように次のが入ってきた。これはがらがらだ。何か事故があって遅れてきたのであろう。

 テルミニで降りようと思ったが「ヴィットリオ・エマヌエーレ」の方が近いと思いここで降りた。長い通路を歩いて外に出るとまったく方向が分からない。適当に歩いていくと向こうにサンタ・マリア・マッジョーレ教会が見えたので、そこまで行きぐるっと廻って宿に帰った。11番の部屋の鍵も思いっきり力を入れたら開いた。

 部屋に入りコーヒーを持って台所へ。お湯を沸かしコーヒーを作る。部屋で飲む。窓の下は広場と呼ぶにはいささか小さいが、交差する道路と建物の間が空き地になっている。通る人を眺め広場を見つつコーヒーを飲む。
 
 夕食に出掛ける。マッジョーレ広場あたりには結構リストランテなどがあったが、入りにくい感じがした。結局、最初に行ったB&Bの同じ建物にあったバールでトマトのパニーニとコーラと水を買った。

 宿に戻りまたコーヒーを作って買ってきたパニーニを食す。まだ明るいがもう出るのを止めようと思った。折角サンタ・マリア・マッジョーレ教会のそばに居ながらついに行けなかったな、残念。

 シャワー室は二つとも空いている。1つはやたら広い。多分B&Bをはじめる時、一室を洗面所に改装したのであろう。本来の洗面所らしき狭い方を使う。勿論、バスタブは無い。帰国に備えヒゲも剃る。一本の髭剃りでよくここまで持ったものだ。切れ味が悪くヒリヒリする。「ありがとさん」と言ってゴミ箱に捨てた。

 机に座り日記を書く。午後9時だ。鐘がなる。マッジョーレ教会のかな。まだ少し明るい。雷が鳴り出した。

 中途半端な旅だったなと思う。しかし後悔は無い。思い切って旅の参考ノートを殆ど捨ててしまった。それでどれだけ軽くなるというのか?。自問しつつも捨てた。今まで歩いた街の地図も手に持って歩いたもの(歩いたコースに線が引いてある)以外はみんなその日、その日に捨ててきた。幾つかの行きたいカフェなどのページも、一度も使わず見ずに捨ててきた。やはり、やる事なす事全部中途半端だな。

 そんな感慨にふけっていたが、或る事を思い出し吹っ飛んだ。
「眩暈」の事だ。私は眩暈を時々起こす。それも肝心なときに。眩暈になると起き上がれなくなる。50代前半に初めてなったのだが、二度目はひどくどうにもならなくなり救急車を呼んで入院した。それから数年に一回ほどなっていた。定年になりストレスが無くなったせいか、それからは無かったが、3年前、家の建替えのために仮家に引っ越す日の朝眩暈になり、仕方なく荷物が運び出されるのをフトンの中で眺めていた。幸い引越し屋さんがいい人で、細かいのは自分たちで運ぶ契約になっていたが全部運んでくれて助かった。

 明日の朝、目が覚めたら眩暈していたら大変だ。航空券はパーになり片道航空券を買わねばならない。最後の最後まで不安と心配ばかりの旅だなといやになる。
 眩暈を起こさないように早めにベッドに入る。そして思った。「眩暈にならないように起きていれば良いのだ」と。
 そう思って色んな事を思い浮かべていた。パリでのことなど思い返していたが、明日、ローマの空港でキップはちゃんと貰えるのかとか、パリで乗り継ぎが旨く出来るのかと思うと、どうしなくても眠れない。トイレに一回行く。窓から下の道路や広場を見下ろす。ここらは治安は良くないと聞いているが、若い女性も一人で歩いていたりする。「今、俺はローマに居るんだ、でもどこへも行けない」と感ずる。ベッドに戻る。12時過ぎまでは覚えていたが……。


【旅行時期】2008/06/17~2008/06/17
【エリア】ローマ
【テーマ】歴史・文化・芸術
【投稿者】たぽじい

アルジェリア世界遺産巡りの旅(by youさん)

観光地
ツアーにて、11日間にわたり、ティパサ(危機遺産)、ベニ・ハンマド城塞、ジェミラ、ティムガッド、ムザブの谷、アルジェのカスバ等6つの世界遺産を巡りました。まだ観光客も少なく、保存状態も良い遺跡に大満足でした。治安状態にまだ不安がありますが、ポリスのエスコート付観光地もあります。表紙の写真はアフリカのポンペイと言われるティムガッド遺跡

【旅行時期】2008/10/~2008/10/
【エリア】アルジェ
【テーマ】世界遺産・遺跡・秘境
【投稿者】you

ブレシア Brescia(by shinesuniさん)

観光地
ブリゲンツ(オーストリア)のユースを後にしてチューリヒ(スイス)の観光をした後、余りにも寒いのでドイツに行く予定を変更しイタリア・スペイン観光を一気にする事に。サンゴタルト峠を越えてミラノへ、そこから乗り換えブレシア駅前のホテルに宿泊、ここを基点にベローナ・べネツィアと観光してきました。
宿泊したホテルはブレシア駅前で、周辺の観光都市へ行くのに非常に便利ですし、値段もお手頃でした。

*ブレシアには4月3日〜4月5日まで2泊3日しましたがブレシアの観光は4月5日のみでした。

★ブレシア在住の日本人erikoさんのブログ【DIARIO da Brescia】 
レストラン関連は特にお薦めですよ^^
  • http://blog.livedoor.jp/dabrescia/


  • ★その他のブレシアサイト
  • http://www.bresciaonline.it/

  • http://www.comune.brescia.it/

  • http://www.bresciaholiday.com/

  • http://www.bresciaatavola.it/


  • ★近郊のお薦めレストラン
    VILLA PIALORSI
    〠 Via Pratello 26 〒25080 Padenghe sul Garda

  • http://www.creminati.it/pratello/index.htm

  • http://www.creminati.it/pratello/pagine/dove.htm



  • ★バスキーワード
    バス Autobus
    中・長距離バス Pullman

    時刻表 Orario degli autobus

    バスターミナル Autostazione
    停留所 Fermata 始発停留所 Capolinea
    バスライン時刻 Orario autolinee
    ★ブレシア都市間バスライン検索 閉鎖中
  • http://www.italybus.it/orario.asp?partenza=BRESCIA

  • ★ブレシア市内バスBrescia Trasporti時刻表
    (Orari e percorsiをクリック)
    ?路線図とルートマップ
  • http://istituzionale.comune.brescia.it/mappe_bstrasporti/

  • Conosci il nome della linea の空欄に路線番号を入力→
    avvia ricercaボタンを実行→
    該当するルート(Percorso)のZoomボタンをクリック→
    バス路線図の下にあるZoom とOrarioボタンのうち
    Zoomは該当するバス停の周辺拡大図
    Orarioをクリックするとバスの時刻表が出てきます。

    *下り線でブレシア鉄道駅最寄り(maxipensilina Stazione)はGambaraです。上り線はP.le.Statione(Portici)が最寄り停留所です。
    *市バス1番は駅から旧市街、城の下のトンネルを通過しホテルMaster近くの Lombroso停留所も通過します。
    街の中心部はMartiri di Belfiore (Brorettoもほぼ同じバス停)です。このバス停はBrolettoやドゥオーモのすぐ側です。城やローマ史博物館もここで降りてください。
    *市バス2番も中心部までは1番と同じルートです。その後、城の下のトンネルを通過後左へ曲がるので、ホテルMaster最寄りの停留所はPusteriaやVIA L.DA VINCIやFossa Bani(上りと下りで違う)です。
    *市バス10番が駅やバスターミナルから約250m東のSaffi(Largo Zanardelli上り下りで停留所名が違う)から中心部のロッジア広場に行きます。このバスは更にサッカーチームブレシアカルチョのスタジアム Triumplina (Stadio)へも行きます。
    *市バス15番も駅から中心部のロッジア広場すぐ手前DanteやCairoli、Paceまで行きます。
    *市バス17番は駅から北西約250mの Repubblica からロッジア広場を経由しホテルMaster最寄りの停留所 VINCIへも行きます。

    ?ブレシア市バス時刻表(PDF)
  • http://istituzionale.comune.brescia.it/bstrasporti/servizi/trasporto/ORARI/orari.htm

  • 出てきた数字1〜18番のいずれかをクリックし
    出てきた画面の一番上が平日(Feriale)ダイヤ
    休日は(Feriale)、土曜は(Sabato)です。
    いずれかをクリックすると『登り』と『下り』の
    両方の時刻表が出てきます。
    この時刻表ですが、主要停留所名とその出発時刻が縦に列記されているだけですので、お目当ての停留所名を見つけてそのあと時刻を確認するようにしたほうが賢明です。
    例えば1番バスなら下りの『STAZIONE』か上りの『Gambara』がブレシア駅そばですので、調べてみると、日中1時間に7本位は運行しているのがわかります。
    しかし旧市街中心部のBrorettoの時刻は載っておらず、その手前のS.M.BATTAGLIAとかなり先のOSPEDALEの時刻しか載っておりません。こんな感じですので、?の路線図と睨みっこしらなが確認して下さい。とはいえ思った以上に本数がありますので、心配は要らないと思います。

    ?市外都市間バス時刻表
    どちらもクレモナ以外有名な観光地へのバスラインが出てきません...
    *PDF版 一覧からBRESCIA (AUTOSTAZIONE VIA SOLFERINO)
    を選択し『Cerca la linea』をクリック→
    出てきたPDF一覧から目的地のラインをクリック
  • http://www.trasportibrescia.it/ORARISTAMPABILI.ASP

  • 因みにBRESCIA (TERMINAL SIA)の方を選択すると北部のバスラインが出てきます。
    *オンライン版
  • http://ro.autobus.it/RO/asp/RicercaOrari.asp?User=siasaia

  • これもクセがあります。例えばブレシアからクレモナに行く時は、左の空欄に下の都市一覧からBRESCIAをみつけ文字をクリックします、今度は目的地のを選択クリックして、『OK』ボタンを押します。すると更に詳しく聞いてくるので、ブレシア駅前のバスターミナル『BRESCIA - Autostazione SIA-SAIA』の文字をクリックし、旅行の日付けの選択(Data di viaggio) をカレンダーアイコンをクリックして決定後、『corse di ANDATA』ボタンをクリック→時刻表が出てきます。この画面一番右のOrarioの下にある時計のアイコンをクリックするとより詳しい時刻表が出てきます。

  • http://www.bresciamobilita.it/index.html

  • http://www.uicbs.it/orari%20invernali/indice%20autobus%20sabato.htm

  • http://www.trasportibrescia.it/

  • http://www.orariautobus.it/Orari_autobus/Lombardia/Brescia/2/

  • 【旅行時期】1996/04/05~1996/04/05
    【エリア】ロンバルディア州
    【テーマ】歴史・文化・芸術
    【投稿者】shinesuni

    【作成中!】2008年9月 さくっと香港・深圳・マカオ周遊5日間の旅 (香港・川龍村編)(by モエさん)

    観光地
    旅行の企画の段階で、
    もしパンダホテルだったら朝の飲茶をしに川龍村に行こうと考えていました。
    そうしたら、ドンピシャでパンダホテルに決定。

    川龍村は荃灣からミニバスまたはタクシーを使わないといけない山里。
    だから、便利な香港市街に宿泊すると川龍村へのアクセスが大変なの。

    地元のおじちゃんの鳥談義を聞きながら、
    キレイな空気の中で食べる飲茶は格別〜。
    初心者向けの観光地ではないけど、オススメですよ〜。

    【旅行時期】2008/09/28~2008/09/28
    【エリア】その他の都市
    【テーマ】グルメ
    【投稿者】モエ

    トルコ旅行の紀行文(by 風 魔さん)

    観光地
    私は、2007年12月この旅行サイトに登録してから、まだ一度も旅行記を書き込みしておりません。
    最近1年間の海外旅行の渡航先は次のとおりです。

    1.2007年11月(10日間 ) … 地中海クルージング(スペイン.フランス.イタリア)
      乗船…ボイジャーオブザシーズ号

    2.2008年1月(6日間 ) … バリ島観光(すべて自由行動で、観光地めぐり)
      宿泊… ザリッツカールトンホテル

    3.2008年6月(13日間 ) … トルコ周遊旅行(国内3分の2ほど観光し、ホテルは2連泊づつで、日本人添乗員と現地ツァーガイドが付いて、世界遺産、歴史・文化遺跡 をゆっくり見学)

    私は、この1年間で、およそ1ヵ月間海外旅行に行ってきました。今後は、旅行先で思ったこと、感じたことをこのサイトで情報を発信してゆくつもりです。とりあえず、直近の6月に訪ねたトルコの「紀行文」から紹介します。(これは私が、「静岡新聞の読者投書欄・9月4日朝刊」に旅行の紀行文を、投稿し掲載されたもの)

    [ トルコ旅行の行程
    ] 2008年6月13日〜26日・13日間
    トルコ国内の約3分の2を周り、バスの走行距離:1825km

    移動手段 : ⇒飛行機 →バス

    *イスタンブール⇒ イズミール
    →  クシャダス →
               







       

      
         
    (ホテル 2泊)























     パムッカレ  → アンタルヤ → コンヤ → 
     (ホテル 1泊)   (ホテル 2泊)  
    (ホテル 1泊)
     カッパドキア → アンカラ  ⇒   イスタンブール
     (ホテル 2泊)     


          

     (ホテル 2泊)

        
         「ゆとり満ちたトルコの人々」

    私は、最近トルコへの観光旅行を通して、日本との社会、文化、生活環境の相違点などを見聞し、さまざまな思いにとらわれました。まずトルコは、経済的に第一次(農林・漁業)、第三次(観光などのサービス業)産業主体の社会構造であり、産業生産分野での工場、製品運搬のトラック等が少ないので、大気は澄みわたり雲ひとつない紺ぺきの空など、大自然がそのまま残っていました。バスの移動では、40〜50キロ先まで全視界岩山、低木のみの遠景が望まれ、昔のラクダの隊商が、今日は「あの山のふもとまで」と一日の行程を決めて旅したと思うと、なにか心まで大きくしてくれました。また、日中路上の木陰のテーブルには、チャイ(紅茶)を飲む男性が多数いて、のんびりした時間を過ごしていました。そして、トルコでは「小学生の自殺がない」というツァーガイドの言葉は、ゆとりのある生活のあらわれだと思いました。一方、日本のように「マネー」主体の商業主義が便利な社会をつくり上げたが、はたして私たちは、本当に「ゆとりある幸せな生活」を送っているのでしょうか。町や村の「イスラム教」のモスクからは、定時にコーランの祈りが流れ、屋根の上にはコウノトリの巣があり、暑い中懸命に子育てしている親鳥の姿が印象的でした。




    【旅行時期】2008/06/13~2008/06/26
    【エリア】イスタンブール
    【テーマ】世界遺産・遺跡・秘境
    【投稿者】風 魔